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大阪家庭裁判所 昭和46年(少ハ)7号 決定

少年 T・K(昭二六・四・二〇生)

主文

昭和四六年八月三一日までに限つて、本人を継続して特別少年院(河内少年院)に在院せしめることができる。

右在院中に仮退院の許可がある場合においては、同年一二月三一日までに限つて、本人を継続して同少年院仮退院中の者として保護観察(二号観察)に付することができる。

理由

〔奈良少年院長の本件申請要旨〕

本人は、大阪家庭裁判所の昭和四五年五月二八日付中等少年院送致決定に基づき、同月三〇日奈良少年院(中等少年院)に入院し、その後少年院法一一条一項但書に基づくいわゆる院長権限によりその収容を継続されたものの、昭和四六年五月二七日にはその収容継続期間も満了するものである。しかしながら、本人は入院後において別紙(一)に記載の如き紀律違反行為〈1〉~〈6〉をくりかえしているなど、依然としてわがままで自己中心的であり、その言動も粗野で院内の不良分子と結すびついては新入生や同僚に対する威圧的ボス的振舞に出ており、意にそぐわぬと教官に対しても攻撃的態度に出てみたり、いまなお反社会的性格傾向が顕著であつて、その処遇段階もいまだ一級下にとどまつていることとて、入院に至る経緯(素質・生活態度・交友関係・環境・保護歴・非行内容など)に照らし、このような状況のまま本人を少年院より退院せしめることは不適当であると認められ、向後なお四カ月間の院内教育と仮退院後三か月間の保護観察が必要というべく、少年院法一一条二項により向後七か月間にわたる本人の収容継続決定を申請する。

〔奈良少年院長の本人の処遇に関する現時点における意見〕

本人については、本件申請後別紙(一)記載の紀律違反行為〈7〉~〈13〉を対象とした懲戒処分六を行なつた関係上、本件申請に基づく収容継続の実現後は直ちに特別少年院(河内少年院)への移送を行う予定で、すでに大阪矯正管区長の認可も得ている実情にあることとて、現時点において判断するときは、向後五か月間の同少年院における院内教育と同少年院仮退院後三か月間の保護観察が必要であると思料される。

〔当裁判所の判断〕

(犯罪的傾向の未矯正)

一  本人は、窃盗・暴行・傷害・恐喝などの非行に基づき不処分(保護的措置)・試験観察(身柄付補導委託)・保護観察などの措置を受けてきていたにもかかわらずその保護観察下において暴力行為等処罰に関する法律違反・傷害などの非行をくりかえし、わがまま・独善・不良顕示性を背景とした粗暴傾向などの問題点が認められたため、昭和四五年五月二八日裁判所において中等少年院送致の決定を受け(当庁昭和四四年少第七七二二号・昭和四五年少第二八七五号)、同月三〇日右決定に基づき奈良少年院(中等少年院)に入院、その後少年院法一一条一項但書に基づくいわゆる院長権限によりその収容を継続されるも昭和四六年五月二七日にはその収容継続期間が満了すべきものであつたところ、同月一三日に至つて本件申請がなされたため、同法一一条七項に基づき今日まで奈良少年院においてその収容を継続されているものである。

二  本人は、右入院後、別紙(一)に記載の如き紀律違反行為を反復してこれまでに六回におよぶ懲戒処分を受けており、そのようなこともあつてか、処遇段階の点でも、昭和四五年九月一日(入院後約三か月目)に二級上へ進級するも、その後における二級上の在級が約六・五か月間にもわたり、昭和四六年三月一六日に至つてようやく一級下へ進級して今日におよんでいる状況であり、すでに院長権限による収容継続期間(少年院法一一条一項但書)が満了している時点でありながらいまだ何らの出院準備教育も受けてはいない実情にあるものである。

三  本人は、本件の調査・審判の場において、現在の心況として要旨「少年院の中ではお互いに足をひつぱつたりひつぱられたりしないと集団生活に適応しにくい。皆んなも自分と同じような気持の下に同じような行動をとつている。ただ要領よく立ちまわつているのだ。自分は要領が悪いため他院生の場合には問題とされないことまで処分の対象とされ、少年院側から差別扱いされているとの感じが強い。このような少年院での生活を見ていると自分までが要領よく立ちまわる意地汚ない人間になつてしまいそうだ。とはいつても、自分が紀律違反行為を行なつたことは事実であるからある程度の収容継続はやむをえないと覚悟している。もつとも一日でも早く家に帰りたいというのも自分の偽らない心境である。出院後は少年院で常々言われてきた『他人には寛大に。自分には厳しく』という教訓を生かして生活していきたい。約一年間の少年院生活の結果、最近では『暴力によつては、人を意のままに抑えることができたように見えても、人の内心まで抑えることはできない』ということに気付くようになつた。今後は自分の在院中に死んだ兄に代つて家業手伝の仕事に専念しなければならないので、そのためにも従前のような不良仲間との交友は断ち切りたい。この点勇気をもつて対処していきたい。」と陳述し、ようやく更生への自覚と決意を固めてきつつあることがうかがえるとはいえ、いまなお他罰的な考え方を漏らしたりもしており、わがまま・独善といつた如き問題点を払拭しきれていない実情にあるものと見受けられる。

四  帰住先である本人の自宅は大阪市○○区内の問題地域に近接し簡易旅館・飲食店・遊興施設などの密集している地域にあるほか近隣に共犯者などかつての不良仲間が居住しているなど、出院後の環境面にはいまなお問題となるべき要素が残されている実情でもある。

五  以上の各状況に照らすときは、本人のわがまま・独善・不良顕示性を背景とした粗暴傾向などの問題点がすでに克服されたとは断じ難く、本人の犯罪的傾向はいまだ矯正されていないと認めなければならない。

(処遇)

一  本人は、たび重なる懲戒処分を受けたほか本件の収容継続を申請されるに及び、これまで諸々の紀律違反行為をくりかえしてきたことなど入院後における自らの生活態度を反省し、最近においては何らの紀律違反行為もみられなくなつたばかりか職業補導面で技能賞を受けるなど、ようやくその更生への意欲を盛りあげてきている現状にあるものと認められる。

二  本人は、このような現況にありながら、本件申請後である昭和四六年六月九日に至つて約二か月前の紀律違反行為を対象とした懲戒処分〈別紙(一)記載の懲戒処分六〉を受けることとなつたのであるが、奈良少年院長の右懲戒処分については別紙(二)に記載の如き問題点が指摘され、当裁判所においてこのような問題点を黙過したまま本人の処遇決定を行なうということになれば、本人の心服も得難いこととて、今後における処遇決定の実効性までもが疑わしくなつてくるものと認めなければならない。

三  出院後における環境面にはいまなお前述の如き問題点が残されているのではあるが、家庭についてみると、本人の在院中である昭和四五年七月に兄が事故死し、現在の家族員としては母(五一歳、芸能プロダクション経営)と二人の弟(一七歳と一五歳、いずれも高校生)のみであり(父は本人の一三歳時である昭和四〇年四月に病死)、本人が亡兄に代つて家業(芸能プロダクション経営)を切りまわしていかなければならない実情にある。

母は、本人が出院後直ちに家業手伝の仕事に従事しうるよう種々手筈を整えているほか、病身(心臓病)にもかかわらず本人の弟などを伴なつてこれまでに三〇回以上も少年院に赴いては本人との面会をくりかえしており(もつとも、本人がかつてつきあつていた内妻を少年院へ同伴したうえ本人の従姉であると許称せしめて本人と面会させてみたり反教育的な面もみられた)、さらには、本件申請に際しても附添人を選任しているなど、その本人の出院を願う心情には極めて強いものがある。

そのようなこともあつてか、少年院側としても、本人の出院後における引受体勢自体については格別の問題はないとの判断に立つている実情にある。

四  なお、本人の処遇(院内教育期間)に関する前述の如き奈良少年院長の意見は、本人に対して引続き累進処遇段階の全過程を履修せしめるために必要な期間を見込んで算出した意見であるということであり(奈良少年院側の説明)、少年院側としては本人に対して引続いて累進処遇段階の全過程を履修せしめていくということ以上におよぶ格別の教育方針を持ちあわせているわけではない模様である。

五  以上の各状況によつて本人の処遇を検討してみるに、すでに満二〇歳に達しその院内での生活態度に好転の兆しがみられ出院後における引受体勢自体にも格別の問題点がみられないという本人に対しては、引続いて累進処遇段階の全過程を履修せしめるための収容継続決定を行なうべき必然性を認め難いばかりか、上記二の点などをも考えあわせてみるときは、いまここでそのような決定を行なつてみたところで、本人の自暴自棄的心情を助長し自立的な更生意欲をそぐなどの逆効果ということの方が憂慮され本人の犯罪的傾向を矯正するという教育的効果の面にはさほど多くのものを期待し難い実情にあるものと認むべく、この際は、本人に対してその在院期間を明示したうえすみやかに出院準備教育を実施し、これによつてその社会復帰への自覚を固めさせて早急に少年院からの出院という事態を実現せしめるということの方が、本人のうつ積した心情に好ましい転機を与え、すでに満二〇歳に達している本人自身の自覚に訴えて自主的な社会復帰をより円滑に実現せしめ、ひいては本人の犯罪的傾向を矯正することにも連らなりうるものと期待される。

六  ところで、奈良少年院側としては、本件申請に基づく収容継続の実現後は直ちに本人を特別少年院(河内少年院)に移送すべくすでにこの点に関する大阪矯正管区長の認可をとりつけているという実情にあり、本人としてもこのような奈良少年院側に対する反発の心情から同少年院においては素直に院内教育を受けて行きにくい実情にあることとて、右のような出院準備教育はこれを同少年院以外の少年院において実施するのが適当というべく、諸般の事情に照らし、この際は本人を特別少年院(河内少年院)に転院せしめるのが相当であると認められる。しかして同少年院が一級上に達した在院者に対して実施している出院準備教育には通常一・五か月間ないしは二か月間の期間を要している実情に鑑みるときは、まず奈良少年院からの転院を実現せしめたうえでそのような出院準備教育に着手しなければならない本人の場合においては、その出院準備教育を完了せしめるまでには向後なお二か月余の期間を要するものと見込むべく、果してそうであるとするならば、ここで昭和四六年八月三一日までに限つて本人を継続して特別少年院(河内少年院)に在院せしめる旨の収容継続決定を行なうのが相当であると認められる。

七  なお、出院後の環境面に前述の如き問題点が残されていることとて、諸般の事情に照らし、出院後なお四か月間は引続いて保護観察(二号観察)によりその交友面や就労面に対する指導監督ないしは補導援護を実施してみることが本人の社会復帰を確実ならしめるゆえんであると認められるので、地方更生保護委員会の仮退院許可決定をまつたうえで、昭和四六年一二月三一日までに限つて本人を継続して特別少年院(河内少年院)仮退院中の者として保護観察(二号観察)に付すべく、それに必要な期間はなお本人を同少年院より「退院」せしめるのが不適当であるから、ここでその旨の収容継続決定を行なうのが相当であると認められる。

(むすび)

よつて、少年院法一一条二項、四項、少年審判規則五五条によつて準用せられる同規則三七条一項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原宏武)

別紙(一)

奈良少年院(長)のT・Kに対する懲戒処分と懲戒処分の対象とされた紀律違反行為

処分

番号

処分年月日

処分内容

処分の対象とされた紀律違反行為

備考

l

四五・一〇・一七

謹慎一五日。

減点三〇点。

但し、四五・一一・一に復点一五点

(新入生に対する暴行・抗命・窓ガラス破壊・自傷)

〈1〉 四五・一〇・三ごろ駆足訓練中にK少年(新入生)に対して踵を踏んだり蹴つたりの暴行を加えた。

〈2〉 四五・一〇・三~九まで生活態度不良のため単独室に収容されていた際、教官の注意を無視したうえ他院生二~三名と呼応して故意に騒くなどの反抗的態度をとり、同室の窓ガラス一枚をたたき割り、その破片で左頬に約三センチの自傷をした。

四五・九・一に二級上へ進級。

2

四五・一一・一八

訓戒。

減点五点。

なお、同時に上記復点一五点のうち五点取消。

(作業態度不良)

〈3〉 四五・一一・一四鉄線科の作業中、製品のスプリングワッシャーをひそかに他院生に投げつけ、その結果、他院生同志がけんかになるなど作業場の雰囲気を乱した。

四五・一二・二

謹慎一〇日。

但し、一か月間執行猶予。減点一〇点。なお、同時に上記復点一五点のうち五点取消。

(落書き)

〈4〉 四五・一〇・三~九まで単独室に収容されていた際(上記)、同室の壁に自己の氏名などを書き込んだ。

4

四六・一・二七

院長訓戒。

(生活態度不良)

〈5〉 四六・一下旬のある日の夜、居室内でK少年とレスリング遊びと称して悪ふざけをした。

5

四六・四・一四

謹慎七日。

但し、一か月間執行猶予。

減点七点。

(新入生に対する暴行・圧迫)

〈6〉 四六・四上旬ごろM少年(新入生)らに対して何かと暴行・圧迫を加えて。

四六・三・一・に一級下へ進級。

6

四六・六・九

謹慎二〇日。

減点四〇点。

(新入生に対する暴行・圧迫)

〈7〉 四六・三・二〇朝、北上寮(一級下生の集団寮)の居室内において、いやがるM少年(新入生)に対して、枕ボクシングと称する遊びに応じさせたうえ故意に的をはずして暴行を加えた。

なお、同日から同月末までの就寝時、同少年に対して、ふとんの上から足を蹴つたりのいやがらせをした。

〈8〉 四六・三・二五ごろの就寝時、北上寮居室において、M少年にあだ名で呼びかけるも返事がなかつたことに立腹し、同少年に対して枕を投げつけたりした。

〈9〉 四六・三・二九夜日記記入時、同室のI少年からM少年が教官に居室換えを願う内容の日記を書いている旨聞きつけるや、他院生に向けて「Mは密告者である」と言いふらすなどして、M少年を寮内の除け者にした。

〈10〉 四六・四・一朝食後、北上寮二室において、K少年に対して、ふとんの上につき倒し腹部を蹴つたりした。

〈11〉 四六・四・四朝洗面時、北上寮洗面所において、洗面中のM少年の腰や腹部を蹴つた。

〈12〉四六・四・七午後五時すぎごろ、北上寮便所において、M少年を呼び込んで顔面を殴り唇を負傷させた。

〈13〉 四六・四・二五ごろ、北上寮において、K少年を押し倒し腹部を蹴つた。

四六・五・一技能賞(職業補導)により増点五点。

四六・五・一三本件申請。

別紙(二)

奈良少年院(長)のT・Kに対する別紙(一)記載の懲戒処分六について認められる問題点。

一 処分の対象とされた紀律違反行為の事実認定にあいまいな点が認められる(事実誤認の疑い)。

すなわち、紀律違反行為〈13〉につき、本人や附添人は「当該行為はR少年とJ少年とが行なつたものである。本人はR少年とJ少年とがK少年に暴行しているところを止めに入つたにすぎない」と終始一貫明確な否認の陳述ないしは意見をくりかえしているのであるが、少年院側からは、この間の事実認定を裏付ける合理的な説明ないしは資料(証拠)の呈示が処分言渡の機会においてはもちろん本件の調査・審判の機会においてもついに得られなかつたものである。

二 懲戒処分五のむしかえしをはかつたものではないかとの疑いが認められる。(二重処分の疑い)。

すなわち、懲戒処分五において処分の対象とされていた紀律違反行為〈6〉と懲戒処分六において処分の対象とされた紀律違反行為〈12〉はその内容において同一の行為であり、そのかぎりにおいて、懲戒処分六は懲戒処分五によってすでに処分済の紀律違反行為を再度処分の対象としてとりあげたものというべく、懲戒処分五のむしかえしをはかつたものではないかとの疑いがもたれるものである。

三 本人の院内における生活態度に好転の兆しがみえはじめていた時点に至つて約二か月も以前の紀律違反行為をとりあげて行なわれたという点において、かえつて本人の更生意欲をそぐなどの逆効果をもたらしてしまつたのではないかとの疑いが認められる(少年院法八条二項参照)。

すなわち、紀律違反行為〈7〉~〈12〉が行なわれたのは四六・三・二〇~四・七でありその後四・一四には懲戒処分五が行なわれていること、紀律違反行為〈13〉が行なわれたのは四・二五ごろでありその後五・一三には本件収容継続の申請が行なわれていること、少年院側としては懲戒処分五の時点ないしは本件収容継続申請の時点においてすでに紀律違反行為〈7〉~〈13〉の状況を(その全貌を明確に把握していたとは言い難いにしても)ある程度具体的に把握していたと認められること、一方、本人側の状況としては、その後は何らの紀律違反行為もみられず、五・一には職業補導面で技能賞を受け、六・一には得点面で二〇〇点に達し一級上への進級にあと二〇点を残すのみというところまできており、その院内での生活態度にもようやく好転の兆しがみえはじめていたこと、しかるにその後における六・九の時点(本件収容継続申請事件についての当庁調査官の調査もほぼ終了しかけていた時点)に至つて突如として紀律違反行為〈7〉~〈13〉を対象とした懲戒処分六が行なわれたということであるが、このような時期に懲戒処分六が行なわれたということは、他に上述の如き問題点(一、二)もみられるということとあいまち、ようやく更生への意欲を燃やしはじめていた本人をして自暴自棄的心情に追いやり少年院側に対する不必要な反発から素直に院内教育を受け入れて行きにくい状況下に追い込んでしまつたとの観が強いものである。

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